さまざまな仕事があります。
その仕事でも利益を目的とするとなると、日常の「親」が子供を育てる、子供が学校に行く、お母さんが家事をするなどの仕事とはだいぶ様子が違ってきます。
重大さでいくと、私はその、利益追求をしない、そのような家庭の中の仕事のほうが当たり前ですが優先順位が上になります。
家庭を経済的に守らなければならないから、通常はお父さんが外に働きに行って、稼ぎで生活をしのぎます。
最近は共稼ぎが当たり前になり、お父さんは「芝刈りならぬ、会社勤め」、お母さんは「川で洗濯ならぬ家事」という、「むかしむかし・・・」の話どおりにならないようです。
でも、私には良くわからないことがあります。
なぜ、お父さんもお母さんも、自分の子供たちを他人に任せて外に働きに荷で無ければならないのでしょう。
「そんなこといったって、お父さんの給料が安いから・・・」って言う声が聞こえてきます。
という方々、本当にそうなのでしょうか。
車を買いたい、
おしゃれをしたい、
もっと贅沢をしたい・・・
こんな身勝手な都合で家庭をなおざりにして、結果、家庭崩壊 
何のために働くのか、
誰のために働くのか、
「それでいいのだ!」といっているバカボンのお父さんは、しっかり働いていました。
贅沢もしませんでした。
質素という言葉も野暮ったいくらい、普通の日本文化を謳歌されていました。
「仕事」のため、と言い訳をいって自分の時間を会社に貢ぎ、どんなに踏ん張っても60で追い出される「お勤め」、その後は第2の人生などとたわけごといっている。
人生はたった一度、やり直しの効かない仕事です。
その仕事は家族のためで無ければなりません。
そうでないと、その仕事の成果、自分が年をとった後、大変さびしい老後を送ることになります。
仕事は家庭のため、それが自分のためでもあり、社会のためになります。
CSRなどとくだらない日本語英語を使わなければ表現できないレベルの経営者や会社の実態、
そんなたわごと言う前に、家族に聞いてみよう、「お父さんの仕事はみんなの役に立っているのか?」と。